第1節 異種個体群間の関係
A 食う者・食われる者の関係
◆生物群集
生物群集とは,一定の地域に生活する全ての個体群をまとめていう言葉である。植
物のみのときは植物群落,動物のみのときは動物群集を使う。生物群集としたときに
は,植物動物両方を合わせた集団に用いるのがふつうである。生物群集の中では生産
者,消費者,分解者が構造をつくっている。食物連鎖構造,生産構造,そして水平に
垂直に立体構造が構築され,有機的に生物群集は機能している。したがって,生物群
集を,一つの生物個体に擬して,複合生物と考えた学者もいる(C1ements)。
生物群集が示す外観的な特徴を相観という。また,生物群集を植物中心にして大き
くまとめて分類するときは群系という言葉を用いる。森林とか草原とかは相観であり,
熱帯多雨林,夏緑樹林,高山草原,サバンナなどは群系である。
◆食う者・食われる者の関係
従来,この関係の資料として,タビネズミとキツネ,または,カワリウサギとオオ
ヤマネコが,例示されているが,これらは不適当な例と考えられる。例えば,前者で
は,タビネズミと草という食うもの食われるものの関係による変動にキツネが一方的
に依存して起きる変動であると考えられている。タビネズミとその食草との関係や実
験的な例としては,教科書p.205図13に例示した,植食性のダニと捕食性のダニの相
互関係(Huffaker,1963年)が妥当である。
・周期的変動の実験的研究例
植食性のダニ(Eotetranychus sexmaculatus コウノシロハダニ)と捕食性のダニ
(Typhlodromus occidentalis カブリダニの一種)の系を使って持続した個体数の周期的変
動を起こすのに成功したのは,Huffaker(1958年)である。かれは,ゴムのボールの間に
多数のオレンジを少しずつ離して配置して・ダニにパッチ状の生息場所を与えた。捕
食者がいないとき,植食性のダニは変動しながらも持続した個体数を保ったが,捕食
性のダニを導入したときは増えた捕食者にえさ種はすべて食いつくされ,その結果,
捕食者も死滅した(下図a,b)。そこで生息場所をよりパッチ状に,つまり,ダニが容
易に横切ることのできないように,ワセリンの障壁をオレンジの間に複雑に配置した。
ただし,オレンジに何本かの棒を立て,植食性のダニだけがそこから掃いた糸を命綱
にして風に乗り,別のパッチに分散できるようにした。この結果は,みごとな周期的
個体数変動となった(下図c)。捕食者とえさが共存したパッチでは,捕食者がえさを食
いつくしてしまうのだが(そのパッチでは捕食者も続いて死滅する),えさのほうが分散
力が強いので・常に捕食者のいないパッチに分散できて,その新しいパッチで増える。
やがて,遅れて到達する捕食者によって再び食いつくされる。この繰り返しが安定し
た周期変動となったのである。
植食性のダニ(コウノシロハダニ)と捕食性のダニ(カブリダニの一種)の相互関係
えさ種だけ(a)のときは振動しながら増えていく。生息環境が単純(b)だと捕食者はすぐえさを食いつくし,自分も滅びるが,生息環境が複雑(c)だと持続した振動を示す(Huffaker,1963)。
◆食物連鎖・食物網
自然界では生産者→一次消費者→二次消費者という単線形ではなく,複椎な食物網
をつくっているが,その中の一つ一つの流れは基本のとおりになっている(中には植物
性,肉食性ともにあわせもつ雑食性のものもあるが,これは全体の位置づけで判断し,
一次消費者,二次消費者のいずれかにおくことになる。
実験15 食性調査
B 種間競争と異種共存
◆種間競争と異種共存
それぞれの種が生息場所や食物連鎖の中で占める位置をニッチ(生態的地位)と言い,
資源要求の似た複数の種が生息場所や食物をめぐって競争することを種間競争とよん
でいる。たとえば,図Aはハチンソンによるニッチの概念図であるが,種間競争はニ
ッチの重複域で起こり,その重複部が大きいほど激しいと考えられる。
2種による競争の結果については,既に述べた微分型ロジスティック式の個体群成長
曲線から得られる次のようなロトカ・ボルテラの競争方程式を用いて考察できる。
個体群成長曲線
種1 dN1/dt=r1・{1−(N1+α12・N2)/K}・N1 @
種2 dN2/dt=r2・{1−(N2+α21・N1)/K}・N2 A
ここでは,両種の環境収容力は同じ(K1=K2=K)と仮定している。また,αは競争係
数とよばれ,α12は種2の1個体を種1に換算したら何個体にあたるかを示している。α21
はその逆である。@とAから両種の競争関係を解析するのは困難なので,両種の瞬間
増加率がゼロ,つまりdN1/dt=0,dN2/dt=0とおいてN1とN2の関係式を求めると,
@より 1−(N1+α12・N2)/K=0
N2=−1/α12・N1+K/α12 B
Aより 1−(N2+α21・N1)/K=0
N2=−α21・N1+K C
BとCは図Bのような直線となる。また,Bは種1の個体数が減りも増えもしない
点の集まり(平衡線:アイソクライン)なので,この線より左側の点では種1の個体数が
増えようとするし(右向きのベクトル),右側の点は種1の個体数が減少しようとする(左
むきのベクトル)。同様に考えると,Cより下の点は種2の個体数が増えようとするし
(上向きのベクトル),上の点では種2の個体数が減少しようとする(下向きのベクトル)。
以上のことをもとに,図Cのような4つのケースについて安定点を求めてみると,
(a)のケースのみで種1と種2の共存が可能であることがわかる。これは,K/α21>K か
つ K/α12>K ,つまり,α21<1 かつ α12<1の場合を意味する。安定した異種共
存は,種間競争が種内競争よりも小さい時にのみ可能なのである。種間競争は長期的
には形質置換などによって緩和されていくが,比較的長い時間を要し,外来種の侵入
による急激な撹乱では在来種の絶滅が起こりやすい。
図A ハチンソンのニッチ概念図。重複域が大きいほど競争が激しい。
図B ロトカ・ボルテラの競争方程式から求められるアイソクライン
a)種1の増加率がゼロとなるアイソクライン。この線より左では種1
の個体数が増加し,右では減少する。
b)種2の増加率がゼロとなるアイソクライン。この線より下では種2
の個体数が増加し,上では減少する。
図C 2種間競争のアイソクライン分析
実線はdN1/dt=0、破線はdN2/dt=0。
a)α12<1かつα21<1の場合。両種の種間競争力が弱く,共存する。
b)α12<1かつα21>1の場合。種1だけとなる。
c)α12>1かつα21<1の場合。種2だけとなる。
d)α12>1かつα21>1の場合。初期個体数の多い種だけとなる。
C 生態的地位と生態的同位種
◆生態的地位と生態的同位種
ニッチには,グリンネルの「生息場所ニッチ」とエルトンの「栄養的ニッチ」があ
るが,現在では,両者を統一したハチンソンの定義が一般的である。このようなニッ
チ論を支える現象が生態的同位種の存在である。生態的同位種の存在は,群集を種の
集合ではなくニッチの集合として捉えようとする考え方を生み出したが,生態的同位
種でもその生態はかなり異なる場合が多いこと,生態的同位種があまり見られない系
統群もあることなどから,生態的同位種は似たような自然選択の結果を示すに過ぎな
いと考えるべきだろう。