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A 芳香族炭化水素
芳香族炭化水素
►ベンゼンの構造
ベンゼンは,分子式C6H6からみると非常に不飽和度が高いが,臭素付加はもち
ろん,過マンガン酸カリウムにも酸化されないなど,飽和化合物と同等に安定であ
る。ベンゼンはその2置換体が3種類(オルト,メタ,パラ),1置換体が1種類し
か存在しないことなどから,6個の水素原子はすべて同等であること,また,6個
の炭素原子もすべて同等であることなどから,次式(1),(2)のような,いわゆる
ケクレの構造式で示される2種類の構造の間を振動していると説明されていた。ケ
クレは,この構造を,夢の中で炎がヘビになって自分の尻尾を飲み込むのを見て着
想したといわれている。

その後,X線分析などにより,6個の炭素原子はすべて同一平面上にあり,炭素
間の結合角はすべて120°であることから,正六角形の構造をしていることが解明
された。これらの研究結果を総合するとC-C間の距離はどこも0.140nm(C-C単
結合間は0.154nm,C=C二重結合間は0.133nm)であることがわかった。
したがって,ベンゼンはC-C間0.140nmの正六角形の平面構造をもっているこ
とになるが,このような構造を式で表すことは困難であるので,式(1)または式(2)の
構造の間を共鳴しているといっている。しかし,実際には(1)または(2)のどちらか1
つの式で示したり,略記して示すことも多い。
ベンゼン環の炭素原子のL殻の電子は,3個のsp2混成軌道と1つの2p軌道に
配置されている。sp2混成軌道のうち,2つは隣の炭素原子とのs結合に,残りは
水素原子とのs 結合に使われている。2p軌道の電子は,隣り合う炭素原子とのp
結合に使われ,このp 結合がベンゼン環の6個の炭素原子に均等に分布するので,
ベンゼン環独特の性質が生まれる。
►芳香族炭化水素
1845年,A.W.ホフマンHofmannがコールタールの分留によりベンゼンを分離
して以来,石炭の乾留やコールタールから,多くの芳香族炭化水素が得られた。芳
香族の名称は,一般に芳香をもっていたためで,ケクレによって命名された。
芳香族炭化水素には,ベンゼンの水素原子を置換したものや,2個以上のベンゼ
ン環をもつもの,縮合環をもつものなど,多数のものが知られている。
ベンゼンの反応
►ベンゼンの置換反応
ベンゼン環の置換反応では,陽イオンがベンゼン環のp電子に結合して水素イオ
ンがこれからうばわれる,いわゆる求電子置換反応の機構で反応が進みやすい。
![]()
(A) ベンゼンのハロゲン化 鉄を触媒として,ベンゼンをハロゲン化する反応機
構は,次のようになり,(2)が律速段階と考えられる。
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(1) |
2Fe+5X2 |
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(2) |
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(3) |
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なお,実際にX+イオンが生成するのではなく,ハロゲン化鉄(III)がハロゲン分
子を分極させているだけと考えられる。
FeX3+X2→FeX4-X+
(B) ベンゼンのニトロ化 硝酸と硫酸の混合物によるベンゼンのニトロ化には,
次の一連の反応が関与していると考えられている。
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(1) |
HNO3+2H2SO4 |
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(2) |
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(3) |
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(1)の反応は,硫酸がより強い酸として働き,そのため硝酸は普通の解離
H+……ONO2−ができずに塩基として働き,HO-……NO2+にイオン化されるため
起こる。なお,律速段階は(2)と考えられる。
(C) ベンゼンのスルホン化 ベンゼンのスルホン化では,次の一連の反応が関与
していると考えられている。
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(1) |
2H2SO4 |
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(2) |
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(律速段階) |
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(3) |
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(4) |
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(平衡は左に片寄る) |
(2)で反応に関与するSO3は下図のような電荷分布になり,陽電荷を帯びた
S原子がベンゼンのp 電子と反応するものと考えられている。

参考 ベンゼンの置換化合物と反応の位置
ベンゼン環に電子供与性の置換基がついた化合物では,置換基の非共有電子対が
ベンゼン環にp 電子と共役して,一部がベンゼン環の空いたp 軌道に移動する。す
ると,ベンゼン環は次のような共鳴構造をとり,オルト位とパラ位のC原子の電
子密度が増加する。したがって,求電子試薬A+が反応すると,オルト位またはパ
ラ位で置換反応が起こる。

電子供与性の置換基には,-NH2,-OH,-OCH3,-NHCOCH3,アルキル基,ハロ
ゲンなどがある。
一方,ベンゼン環に電子吸引性の置換基がついた化合物では,次の共鳴構造によ
り,オルト位とパラ位の電子密度が減少するので,求電子試薬との反応では,主に
メタ位で置換反応が起こる。この反応は,電子供与性置換基がついた場合よりベン
ゼン環の電子密度が小さいので,より起こりにくい。

電子吸引性の置換基には,-NO2,-COOH,-SO3H,-CN,-CHO,-NH3+などが
ある,なお-NO2は,下のような共鳴構造を
しているため,N原子が電子を吸引する。
![]()
このようにして,塩素化では,o-またはp-ジクロロベンゼンが主に生成し,ニ
トロ化ではm-ジニトロベンゼンが主に生成する。
►ニトロ化合物
ニトロ基をもつ化合物の総称である。狭義には,炭素原子にニトロ基が結合した
もの(C-ニトロ化合物)で,窒素原子についたニトロアミン(N-ニトロ化合物),硝
酸エステルであるO-ニトロ化合物と区別する。O-ニトロ化合物は,脂肪族ニトロ
化合物と芳香族ニトロ化合物とに分けられる。
単環の芳香族ニトロ化合物は,一般に液体または低融点の固体で,淡黄色を帯び
芳香があり,水に難溶である。ジニトロまたはポリニトロ化合物は淡黄色の結晶で
あり,トリニトロ以上になると爆薬に用いられる。
芳香族ニトロ化合物は,強く還元するとアミンに,弱く還元するとヒドロキシル
アミンになる。
RNO2+6H→RNH2+2H2O
RNO2+4H→RNHOH+H2O
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芳香族ニトロ化合物の性質 |
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名 称 |
示 性 式 |
融点〔℃〕 |
沸点〔℃〕 |
色 |
比 重 |
|
ニトロベンゼン |
C6H5NO2 |
6
|
211 |
無 |
1.2(20°C)
|
|
o-ジニトロベンゼン |
C6H4(NO2)2 |
119
|
319(103,057Pa) |
|
1.6
|
|
m-ジニトロベンゼン |
C6H4(NO2)2 |
92
|
297 |
淡黄 |
1.6 |
|
p-ジニトロベンゼン |
C6H4(NO2)2 |
175
|
299(103,591Pa) |
|
|
|
1,3,5-トリニトロベンゼン |
C6H3(NO2)3 |
124
|
175(267 Pa) |
白 |
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|
1-ニトロナフタレン |
C10H7NO2 |
61
|
304 |
黄 |
1.3 |
|
2-ニトロナフタレン |
C10H7NO2 |
79
|
313(41,730 Pa) |
無 |
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►スルホン酸
スルホ基をもつ化合物をスルホン酸という。芳香族スルホン酸は,一般に白色固
体で,水によく溶け,吸湿性が強く潮解性がある。硫酸とほぼ同程度の強酸である。
酸化剤や還元剤には安定で反応しにくい。
芳香族スルホン酸は,希酸とともに加熱すると,加水分解して硫酸を生じる。
R-SO3H+H2O→R-H+H2SO4
芳香族スルホン酸塩をアルカリ融解すると,フェノール類になる。
R-SO3Na+NaOH→R-OH+Na2SO3
芳香族スルホン酸は,スルホ基をOH,NH2,NO2,ハロゲンなどで置換できる
ので,これらの合成の中間体として重要である。
►ベンゼンの付加反応
ベンゼンは,光または適当な触媒を用いると,付加反応を行う。BHCは,代表
的な有機塩素系殺虫剤で,1〜2%NaOH水溶液とベンゼンに光を当てて塩素付
加を行い合成されるが,残留毒性のため現在では製造販売が禁止されている。
NaCl,SO2,SO3などを触媒に用いる方法もある。
シクロヘキサンは,ニッケル触媒を用いて,150〜250°C,7000〜30,000hPaで,ベン
ゼンに水素付加を行い合成されている。触媒には白金系やラネーニッケルなども用
いられる。
フェノールもニッケル触媒で水素付加を行い,シクロヘキサノールとなる。パラ
ジウム系触媒を用いたときは,シクロヘキサノンが生成する。